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jellyfishのひとりごと

観て、食べて、試して…重箱のスミをつついて(?)感想をつぶやいております♪

舞台 【 奇ッ怪 其ノ弐 】


2011.09.01奇っ怪 其ノ弐

今日はヨガの後、お仕事でした。
そんな日の話題は、今月はじめに
千秋楽の舞台を拝見した【奇ッ怪】

劇場で演劇関係者をお見かけすることは多いのですが、
この日ほど、たくさんの大物が集まるのも珍しいかなぁ
なるほど、素晴らしい舞台でございました

2010年の紀伊国屋・読売の両演劇賞を受賞し、
今最も期待される演劇人として波に乗る前川知大が、
11年も世田谷パブリックシアターのために
新作を書きおろします。

09年シアタートラムで上演された
『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』では、
小泉八雲の「怪談」から短編を5編選び、
「語り物」の手法を取り入れて、1人が物語を語り出すと、
たちまちに登場人物がその物語と
現実とを自由に行き来しながら、
不思議な話を軽妙に表現し「ちょっと恐い」が
「笑わずにはいられない」作品を創り出しました。

2011年に手がける今回の新作は、
この『奇ッ怪』の手法を使った新作です。
モチーフを小泉八雲から「狂言」と「能」に変え、
狂言にあるように市井の人々の滑稽さを楽しみながら、
能楽の特徴である、空間と時間を自在に超えて、
「情念」と「呪い」の先にある魂の存在を描きます。

古典と現代の時空を自在に行き来し、
夏祭りの夜の怪談とでもいうような
現実と夢幻が交錯する世界を、
前川ならではの不可思議な感覚で描き出します。

HPより抜粋



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ネタバレあり…の私的辛口感想です




前作の「奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話~」が、
とても面白かったので、期待してチケットを取りました
前回の舞台で、仲村トオルさんが
エラくカッケー大人になっているなぁと思ったのだけど、
先日まで5chで再放送していた
【刑事定年】では、あぶデカのユージ役
柴田恭兵さんが刑事を定年してる役になってたぁ~~
まぁ、タカ役で紫煙をくゆらせていた舘ひろしさんも
禁煙したんだもんなぁ~
トオルちゃんが渋くなってもおかしくないほどの
年月が流れているのよねぇとつくづく思ったのであった

本筋からだいぶ離れてしまったので、
仕切り直しの為にあらすじ

神主の息子の矢口は、久々に実家の神社のあとに帰ってきた。
誰もいないと思っていたが、
廃墟に住み着いているらしい山田という男が顔を出した。
そこへ、この土地を調査しているという橋本と曽我がやってくる。
この村は数年前に硫化水素ガスの事故があり、
村民のほとんどが亡くなり、今では廃村の筈なのだが…。

そんな4人の前に
表情がなく幽霊のように見える人間たちが
表れては消えていく…。
あれはなんなんだろうといいながら
語り始める…たましいの話。

(逸話・壱)
自動車事故で亡くなった息子の死を受け入れられず
息子の臓器を移植したレシピエントを探し続ける母親の話。

(逸話・弐)
暴行を受けている男と目があったのに
助けを呼ばなかった罪悪感から悪夢にうなされ、
生霊に悩まされる男の話。

(逸話・参)
鬱病で妻を亡くした経験をもとに、
医師と偽り無料で相談にのっていたが、
その患者にウソがばれてしまい、自殺しようとした男の話。

(逸話・四)
神社に集まり、村祭りの準備をしながら、
村の将来を語っていた村民たち…
その数時間後、全員が硫化水素ガスによって亡くなってしまった…。

暗転

村の朽ちた神社に一人たたずむ、矢口。


次々に語られるお話ごとに
4人がいろんな人物になるという表現方法は前回と一緒でした。
怪談という言い伝えがテーマだった前回とは違って、
今回は「死ぬということ」というお話だったように思います。
たくさんの死と生を目にした2011年に
この舞台と出会えた意味が
観劇してから時間が経つにつれ
心にゆっくりと、ふかく沁みてきている気がします。

特に4つ目の話は見ていて辛かった。

舞台で展開されるのは、数年前に起きたガス事故の直前の風景。
神社では村祭りの準備をしている。

矢口以外の人間は、この日の登場人物になっているけれど
その場にいなかった矢口だけは、
逆に幽霊のような存在で、
この日に神社で起きた出来事を見ている存在になる。

村祭りの準備が進むにつれ、
殺風景だった舞台上の朽ちた神社あとに
しめ縄がはられ、祭壇が作られる。
そして、スーパーで買ってきた飲み物や
空袋があちらこちらに置かれ
そこには〔ある日の日常〕が浮かび上がってくる。

神社には、
村の今後のために解決策を考える神主を中心に
さまざまな村人が集まっていた。
婚期を逃した小学校の男性教諭、
その教諭の教え子で、結婚を機に村へ戻る決心をした若者、
と、その婚約者の妊婦さん、
若者の親戚のオバちゃんは嬉しそうだし、
畜産業の男もはしゃいでいる。
酒屋の配達をしている若者は実はPCが得意で
『ネットを使って村の再生を!』と、
神主と一緒に考えていた。

それぞれが、今日の次に明日があり、
今年の次には来年が来ると信じていた。

そこで、暗転。

ライトが再び点くと、
生きている矢口だけがこの神社の中にいる。
取り外されていないしめ縄、祭壇、
散乱したコンビニ袋はそのまま。


今回の舞台もひとつひとつ、話を重ねていくと
だんだん物語の核心に迫っていくという構成。
<壱>は、死を受け入れるということ。
受け入れることで、亡者も生者も救われたように感じました。
息子さんもお母さんの夢に入り込めます。。。

<弐>は、死を作り出してしまうということ。
無関心という罪と、祈りは通ずるという赦しをーーー。

<参>は、死から救おうとした者さえも引き込まれる
…死というブラックホールのようなものをーーー。
自殺を思い止まった<参>の男が、
土地の調査に来ていた橋本(の方だったと思う…うろおぼえ)であることが
明かされ、未来への希望を持ち始めた橋本までもが犠牲になる
<四>の事故が起こるわけです。

《生きているということ》と
《死ぬいうこと》は、となりあっていて
生者と亡者はたぶん紙一重の存在なのだと思う。
同じ土地に住まう、漂う、二種類の魂。
死して尚、この土地に漂う亡き者たちの魂。

紙一重であっても、ふたつの間には
越えられない大きな壁が間違いなくある。
其のことを体感したであろう、矢口の心が無性に哀しくて
胸を締め付けられました。
時空を越えて同じ空間にいながらも、
絶対に交まることは出来ず、
ましてや、このあとに起こる悲劇を
伝えることも出来ない。
言葉にならないくらい切なくて、苦しい。

最初は矢口も亡者なのかと思っていたんだけど、
そうなると、この哀しさが活きてこないし、
未来を次ぐ者が居なくなってしまうものね。

トオルちゃん演ずる<山田>が何者であったのかは
最後まで語られない。
ワタシはこの土地の神様じゃないかなぁと思っています。

人が去り、荒れ果て、忘れられた土地は
死んでしまうのでしょうか。
もしそうだとしたら、
<山田>もまた亡者となってしまう。
だから<山田>は矢口に願っていた
この土地を捨て去るな。
ここに生きていた人たちを忘れるな。
でも、その死を乗り越えて
新しい未来のために、しっかりと生きろ。
そして、この土地の為に、亡くなった人たちの為に
この神社で、自分を祀ってくれと。。。

重いテーマですが
芸達者な役者たちが笑いを交えながら演じてくれて
本当によい舞台を拝見することが出来ました。

開演前から、
漂うように現れたり消えたりを繰り返していた
能面のような白い面を付けた亡者たちの存在が、
この舞台の不可思議な空気感を演出していました。
表情を無くした亡者たちの顔は
見る側の…生きる者たちのこころによって
違って見えるんだろうなぁ。

今後の「奇ッ怪」も楽しみです。


そして


たくさんの 魂 に 


合掌。

[作・演出] 前川知大

[出演] 仲村トオル/池田成志/小松和重/山内圭哉

     内田 慈/浜田信也/岩本幸子/金子岳憲

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テーマ:舞台の感想 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2011/09/15(木) 22:34:41
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